甲社は会社全体のキャッシュフローで見ると事業価値としてはCランクだが、一部の事業部門のみを見るとキャッシュフローベースでAランクである。つまり甲社の稼ぎ頭ということである。
この優秀な事業部門を担保に融資を受けられないだろうか。事業部門を分割して他の会社へ売却(吸収分割M&A)することはあります。銀行としては担保として十分に保全がされるのであれば問題はありません。銀行の担保保全とは最終的な債権の回収、つまり競売です。不動産信託と違って、どの事業部門が信託財産なのか公示する制度がありません。デフォルトした場合銀行は当該事業部門をどのように競売するのかが問題です。
事業とは「一定の営業目的のために組織化され、有機一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む)」(最大判昭和40.9.22)とされています。
商品、仕掛品、器械等の動産、売掛金、預金等の債権、家賃、買掛金等の債務及び従業員との雇用契約等様々なものが一体となった融合体です。この融合体が稼ぎ出すキャッシュフローを事業価値として評価します。
信託法の改正により信託前に生じた委託者に対する債権でその事業の積極財産とともに当該事業に関連する債務を信託財産責任負担債務(信託法21①三)とすることが可能となり、実質的に事業信託が可能となりました(信託契約書にその旨記載があることが要件)。
業を信託する目的は、不動産担保や社長個人の保証から脱却して当該企業がもつ事業価値(キャッシュフロー)を新たな担保価値として再評価することです。
事業信託のメリットとしては次のことが考えられます。
甲事業部門を本体から切り離し(信託財産責任負担債務)、本体の業績と隔離することによって、甲事業からのキャッシュフローを確実なものとする。 金融機関としては、甲事業部門の業績のみを融資の判断基準とする。また、実際の甲事業部門の業務を行うのは従前通りA社の社員である。
受託者であるB社の役割は甲事業部門の収支、信託配当、事業主体の事業との分別管理をする。信託部分とそれ以外の部分とを合算してA社は申告することになる。
この場合は、法人課税信託(受託者課税)とはなりません。
信託事務処理に伴う債務負担は委託者受託者が連帯して負担するものでした。しかし、実際には第三者との取引行為ごとに信託財産のみを限度とする特約を個々に締結していました。信託法の改正に伴って、受託者の責任を信託財産のみに限定すると同時に限定責任信託の会計帳簿の作成及び貸借対照表の作成が義務づけられました(信託法222条)。
限定責任信託契約と事業信託契約とは一体とした契約になるものと考えます。
限定責任信託の名称 | ◯◯工業△△事業部限定責任信託 |
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限定責任信託の事務処理地 | 東京都中央区日本橋室町二丁目1番1号 |
限定責任信託の効力発生日 | 平成22年8月1日 |
限定責任信託の目的 (注)どの事業部門が事業信託となっているか特定する |
委託者(本店 東京都中央区日本橋室町二丁目1番1号 商号 ◯◯工業株式会社)に所属する△△事業の運営、管理、当該事業に関係する在庫品、仕掛品等の動産、売掛金等の一切の債権の管理、処分、当該事業に関する商品の販売、材料の仕入れ及びそれに伴う資金の借入返済、従業員の雇用契約その他当該事業に付帯関連する一切の業務の遂行 |
受託者に関する事項 |
東京都中央区日本橋室町二丁目1番1号 受託者 ◯◯△△SPC一般社団法人 |
限定責任信託の終了事由 | 当限定責任信託は、平成30年8月31日に終了する。 |
事業信託受益権は、信託法第185条以下の受益証券発行信託ではありません。また、金融商品取引法の自己募集行為(同法2⑧七)が金融商品取引行為に該当するのは一定の有価証券だけであり、事業信託受益権や不動産信託受益権は含まれていません(不動産ビジネスのための金融商品取引法入門 田村幸太郎編著 99頁参照)。よって、事業主体も受託者も金融商品取引上のライセンスは不要です。