信託借入に関する一考察

地権者10名でマンションの建替法を利用して建物を建て替えることになりました。
店舗部分を全員の共有としました。共有となる店舗部分(地下1階から4階)については、権利床のみを取得する地権者と増し床や保留床の購入を希望する地権者がいました。購入の費用は併せて6億円ほどです。建て替え組合法人は建物が完成すると解散します。商業床(保留床と増し床部分)の代金6億円の融資を受ける受け皿機関として地権者全員が出資した地権者法人(株式会社)を設立して店舗部分を当該地権者法人へ信託し(民事信託)、地権者法人が信託借入をして、地下1階から4階部分に抵当権を設定することにしました。

金融機関としては、受託会社(地権者法人)の口座にテナントからの賃料収入が入りそこから第一番に金融機関への返済が行われますので個々の地権者の与信を考える必要がありません。
信託の仕組みを整理しますと、地権者が委託者兼当初受益者となり、地権者法人が信託の受託者となります。受託者は受益者全員の指図に基づいて金融機関より借入(信託借入)を行います。対外的な債務者は受託者ですが、実質債務者は受益者です。これを実質所得者課税の原則(所得税法13条、法人税法12条)と言います。従って、受益者の信託のバランスシートには「負債」として計上されます。

問題点:
増し床や保留床を購入する地権者にだけ信託借入金(信託元本)を交付することの可否について

否とする説(A説)

① 受託者が信託借入れを行った場合、当該借入れにかかる借入金(現金)と当該借入れにかかる返済義務の帰属先は一致するというのは、借入金及び借入債務の法的性質から当然に導かれる解釈である。全受益者の承諾があるからと言って、返済義務は保留床購入者と保留床を購入しない権利床のみの地権者の双方の「信託元本(床)」からの配当に属するが、借入金(借入れ相当額の「現金」)については保留床購入者の「信託元本」のみに属するといった取扱いをすることは認められない。
保留床取得者に対して上記借入金(借入れ相当額の「現金」)全額を元本交付することは、「信託元本(床)」の範囲を超えた元本交付として認められない。

② 信託借入金(現金)は、保留床取得受益者の信託元本のみに属するとした場合、別々の信託財産となり受託者は二つの信託財産を受託しており、信託行為が反復継続していることになる(本件スキームは民事信託なので信託業法に抵触することになる)。

可とする説(B説)

① 銀行からの信託借入れに係る借入金(現金)は、保留床取得受益者の指図と増し床しない受益者の指図および承諾に基づいて、借入金全額を第一義的弁済義務者兼「真正債務者」に元本交付することは、「信託元本」の範囲を超えた元本交付とはならない(借入金に基づいて床を購入するので信託元本を超えることはない)。
真正債務者:受託者に対して自己への元本(現金)交付を指図した受益者
受益者全員の指図に基づく真正債務者の為の信託借入なので信託勘定に計上する負債は真正債務者である受益者の信託勘定のみとなる。

② 受益者全員が信託借入を行ったことになるとするA説によれば、借入を希望しない受益者は借入を希望する受益者に「強制的に」金銭を貸し付けることになる。当然金利は損金にはなりません(増し床の事業資金ではないから)。個々の受益者の信託のバランスシートには負債が計上されます。同額および同率の金利を借入希望の受益者から入金になるのでプラスマイナス0円になるとA説は言うが、金銭債権は信託外なので信託受益権の評価は負債が計上されるのみで、金銭債権は計上されません。

③ A説は、信託借入を増し床する受益者にのみ元本(現金)交付することは別の信託行為であるとするが、全受益者が事業割合で増し床ができないので一部の受益者が信託借入によって購入し全体の商業床を一つの信託財産とすることは、全員の目的意思が一つであるので信託借入が別信託行為であるとしても複数の信託行為、一つの信託財産とすることは可能である(複数地権者に係る土地信託の実務知識 建設省建設経済局宅地企画室監修土地有効利用研究会編 29頁参照)。
よって、受益者全員の指図に基づいて共同ビルの建築および運営の為に信託借入元本(現金)を一部の受益者へ交付することは信託法および信託業法に抵触しないとする。

一部の者だけに元本交付した場合、そのものだけにデフォルトは発生するか?

たとえば、収益還元法による不動産評価額の7掛けで金融機関から借り入れて保留床を買った場合、一人だけがデフォルトすることはない。一人のみがデフォルトすることが起きうるのは、借入金を利益を生まないものに使った場合である。たとえば、従前不動産の担保の抹消のための従前債務の返済、テナントの移転費用。それらは利益を生まないのでそもそも受託者を債務者とする信託借り入れをするべきものではなかった。個々の地権者が借り入れるべき債務である。テナントの立ち退き費用を組合が金融機関より借り入れて個々の地権者へ融資することがあるが、この場合も権利変換時に清算を完了し、組合の債務を受託者が信託行為として債務を承継することはしない。

返済不能な地権者は、参加不的確として組合が買い取るのが通常である。
受託者の業務としては、①受益権割合によって信託配当をし、②信託借り入れの返済を行い、③信託計算書を作成し個々の受益者へ提出することである。

具体的な受益者会計は個々の受益者が行うべきで、実質所得者課税等の調整については信託の外で各受益者が行うものであり受託者は各受益者の損益等の計算は行う必要はない(信託の会計と税務 税務経理協会 鯖田豊則106頁参照)。
受託者が金融機関から借り入れるファイナンスはすべての地権者に共通した事業資金に限定され、受託者は各受益者の事業割合に応じて配当をし、負債を割り当てる。

借入金を床ではなく他の借入金の返済に使った受益者が信託配当よりも返済金の方が多かった場合、他の受益者が信託配当の欠損を被ることになる。すなわち、受益者間で貸し借りが発生することになる。これが積もり積もると他の受益者が相場で買い取って、当該デフォルトした受益者は退場することになる。

A説はB説と違って個々の受益権の評価額を上回る負債はないので売却が可能である。
A説をもって妥当と考える。ただし、信託借入金を共同事業の対象の床を買い取ることを目的とするのであれば当該受益者のみがデフォルトすることはないので個別の元本交付(個別の信託借入)を認めてよいと解する。

信託借入に関する一考察

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